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このドラマ解説にあたり以下の点にご留意ください。
・登場人物、地名の日本語表記及び聖書引用は主として日本聖書教会「新共同訳」に準拠します。
・脚色の多いドラマです。混乱を避けるために聖書に実際に登場するシーン、人物名は白色で記載します。
そうでない部分は聖書に明記されていないことをご了承ください。
シーズン2エピソード2「I Saw You(私はあなたを見ていました)」はこちらからご覧になれます。←Click!!
建築工事現場でローマ人の現場監督とユダヤ人建築家、ナタナエル(Nathanael)の二人が言い争っています。ナタナエルは自分がユダヤ人であるためにローマ人から見下されている、と少々被害妄想気味。自分の力を必死に誇示しますがその最中になんと落盤事故が。ナタナエルはその場でクビとなってしまいました。
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4人の弟子たちが薪集めに向かう途中、向こうから誰かがやって来ます。飄々として軽口を叩きながら近づき、「ナザレ(Nazareth)のイエス(Jesus)の弟子たちだね。君がシモン(Simon)かい?」いったい何者か、スパイ?(誰の?)警戒を緩めない弟子たち。アンドレ(Andrew)の知り合いらしいのですが、兄のシモンは疑いが解けません。「アンドレに友達なんかいたか?」
不意にアンドレが駆けつけてきました。「フィリポ!(Philip)」懐かしそうに抱き合う二人、確かに友人同士らしいです。しかもシモンは覚えていないようですが同郷とのこと。何となく面白くない顔のシモンにアンドレは仲良くしてくれ、と頼みます。
洗礼者ヨハネ(John the Baptist)の弟子であったフィリポはイエスへの伝言を託されてやって来たのでした。彼を取り囲んでいるところへ別方向へ薪集めに行っていたマタイ(Mathew)が帰って来ました。谷へ薪を探しに行ったとのこと、当然濡れた薪しか拾って来れません。小馬鹿にするシモン、反対にフィリポは「頑張ったな」と励まして薪を乾かす手伝いをすると申し出ます。
武器があればエゼキエル(Ezekiel)のように火を起こせるというフィリポ。マタイには何のことだかさっぱりわかりません。ところがそこにいるマタイ以外の男性陣は皆フィリポの言っていることがジョークであり、古い聖書の預言をネタにしていることがわかっています。
イスラエルの町々に住む者は出て来て、もろもろの武器、すなわち盾と大盾、弓矢、棍棒、槍を火で燃やす。彼らはそれで七年間火を燃やし続ける。彼らは、野から木を取ってくることも、森から薪を集めることもない。彼らは武器で火を燃やすからである。(エゼキエル書39:9~10)
フィリポに続いてそこにいる男性陣は声をそろえてこれが口からスラスラ。女性陣とマタイだけが黙っています。内容はあまり関係なく、あくまで火を着けることに関するジョークなのですが、マタイにはジョークもあまり通じないんですよね…。まあ取りあえず行こうか、とフィリポはマタイを伴って出て行きます。
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町の酒場で飲んだくれるナタナエル。今日一人の建築家が死んだんだ。ゼロから頑張って積み上げてきたものが一瞬で失われた。酒場の主人相手に切々と語ります。「その建築家っていうのは実は俺なんだよ…。」神を崇める礼拝堂を建てたかった、歌と祈りが満ちて、魂が神に近づくような場所。なのに、自らの思い上がり故にすべて無に帰してしまった…。
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フィリポはマタイにシモンとの関係について尋ねます。「彼は私を嫌っている、元徴税人だから。みんなを敵に回していたんです。」
徴税人はユダヤ人からローマにおさめる税を取り立てる役人です。ユダヤ人でありながらローマの手先となり税を取り立てていたのです。ローマの権力をかさに威張っていたり、規定以上に税を取り立てて余剰分で私腹を肥やす徴税人も多く、非常に嫌われる存在でした。
マタイは数字に強く、その才を買われ、わずか8歳で学校を飛び級して帳簿係の見習いとなり、やがてローマ政府の仕事を与えられました。高収入を得る息子をやっかむ父親に家を追い出されて13歳で独立し家を買っています。(13歳はユダヤ人男性の成人年齢)本来ユダヤ人の学校で十分に学ぶはずの聖書の言葉を彼はすっ飛ばしてきてしまったのです。これでは仲間たちの話についていけないのは当然でしょう。
一般常識を身につける機会もなく、いつも人と上手くやっていけない自分に苛立つマタイ。世界が一つの輪だとしたら、自分はいつもその輪の外にいる、そんな気分だ!
フィリポは優しく慰めます。人は過去を持ち出して他者を判断する、しかしメシア(Messiah)に出会ったのであれば大切なのは「今」である。それに自分も洗礼者ヨハネと共に行動している間は世界の輪の外にいたような気分だった。君の気持はわかる。大丈夫だ。このグループに離れずにいれば心配することは何もない。
言葉のあやを理解するのが苦手らしいマタイにとって、弁舌さわやかでジョークの多いフィリポの言葉を全部理解するのは難しいようです。けれでも彼の温かい人柄は、皆に小馬鹿にされて縮こまっていた彼の心を少し開いたようでした。
②に続きます。