キリスト教の背景Ⅰ~まずユダヤ教













サイモン・ド・マイル「アララト山のノアの箱舟」
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イエス・キリストはしばしばユダヤ人宗教指導者たちと衝突していました。最終的にイエス様を十字架につけるよう要求したのもユダヤ人たちです。しかし、イエス様ご自身もユダヤ人です。
 
 ユダヤ教はキリスト教より前から存在します。旧約聖書に記されている内容はイエス様が誕生する前の事であり、ユダヤ教の聖典にもなっています。当然ながら、イエス・「キリスト」が登場して「キリスト教」が成立しました。平たく言えば、この時を境にユダヤ教とキリスト教が別れたということになりますが、双方の言い分としては、少々極論ですがこのような感じです。

ユダヤ教曰く、キリスト教はユダヤ教の過激な分派。異端的教えである。
 キリスト教曰く、キリスト教はユダヤ教の教えを完成させたものである。
 
 以下、歴史を(かなり)ざっくりと振り返りつつ、ユダヤ教とキリスト教の関係を整理します。
 
 旧約聖書の最初「創世記」にはこの世界の始まりとイスラエル(ユダヤ)民族が生まれる前史的な出来事が記されています。天地創造、失楽園、バベルの塔、ノアの箱舟等、おとぎ話のようでもあり、しかしいずれも神様と人間との関係をその裏にメッセージとして込めた重要な話です。これらの物語の後、アブラハムという人物が登場し、彼と神様との間で「契約」が結ばれます。アブラハムが神様を信じ従い、神様はアブラハムとその子孫を繁栄させる契約です。
 
 聖書において「契約」は重要な要素です。神様と人間との間は「契約」によってしっかりと結び合わされており、決して離れることはないと約束されているのです。旧約聖書、新約聖書の「約」はこの契約(testament)を意味しています。
 
 契約は事あるごとに再確認されます。アブラハムの孫、ヤコブとも神様は契約を結ばれ、この時彼は「イスラエル」という新しい名をいただきます。イスラエル民族の萌芽です。後にイスラエル民族は12の部族を持つようになりますが、彼の息子たちの名前が各部族の名前となります。
 
 ヤコブの息子たちの時代に大飢饉が起こり、一族郎党はエジプトへ移住しました。この時総勢70人。やがて時は流れて、数世代後には彼らは大きな民族となり、エジプト中に広がり出します。こうなるとエジプト人にとって、彼らは脅威の存在です。牽制のためにエジプト王はイスラエル人を奴隷とし、過酷な労働を負わせました。苦しむイスラエル人たちの叫びを聞かれた神様は、モーセという人物をリーダーとしてエジプトから脱出させます。「海割り」の奇跡はこの時起こった出来事です。イスラエル人たちはエジプトから無事に逃げ出し、民族の祖アブラハムが最初に神様と契約を交わした際の約束の地(現在のパレスチナ)を目指して旅をします。途中、シナイという山で、彼らはまた神様と契約を交わしました。海を割るという奇跡を起こしてまで民を救った神様に従い続けるという約束です。神様は民を守り、民は神様の与えられた掟を守ります。ということで、このシナイ山で神様の掟「十戒」が与えられました。これを守ることで民は神様への信仰をあらわすのです。なお、十の戒めには多くの細則が加わり、その数なんと613!ユダヤ人は全て覚えているそうで、現代でも成人式には家族の前で暗唱するとか…スゴ過ぎ。ユダヤ人が優れた頭脳を持つ民族であると言われる所以でしょう。
 
ようやく約束の地にたどり着き、腰を据えてさらに数世代後、紀元前11世紀頃にイスラエルは国家として成立します。初代王はサウル。最初のうちは良かったのですが、後に神様への信仰が揺らぎ、王としての力も弱まり最後には自害してしまいます。国をしっかりと建て上げたのはミケランジェロの像でも有名な2代目王ダビデとその息子、3代目王ソロモンです。しかしソロモン王の頃、外交のために他国との政略結婚が増え、結果として外国の宗教が入り込んできます。これは契約違反。神様との関係が弱まったイスラエル王国は、ソロモン王の死後、北イスラエル王国と南ユダ王国に分裂してしまいます。(イスラエルとユダヤという言葉が混在するのはこのせいでもあります)
 
 崩れ出したら止まりません。神様への信仰を取り戻せ、神様のもとへ立ち返れ、という預言者たち(神様と人間との間でメッセージを取り次ぐ働きをします)の再三の警告も空しく、二つの国は自分勝手な方向へ歩を進めます。時々信仰を取り戻そうとする王が立てられて一時的には立ち返るのですが、代が替われば元の木阿弥。とうとう紀元前722年には北イスラエル王国、紀元前586年には南ユダ王国がそれぞれ近隣の大国に滅ぼされてしまいます。南ユダ王国を滅ぼした新バビロニア帝国にユダヤ人たちは捕囚として連れ去られます。(バビロン捕囚)
 
 閑話休題。イスラエル人、ユダヤ人、そしてヘブライ人はいずれも同じ民族をあらわしています。ちょっと混乱しますが、時代により呼び方が変遷してきた結果です。現代では国名がイスラエル国、民族、宗教名でユダヤ人、ユダヤ教、言語でヘブライ語と使い分けるのが一般的だそうです。(※)
 以後、表記をユダヤ人に統一いたします。
 
 やがて新バビロニア帝国はペルシア帝国に滅ぼされ、さらにその後マケドニア王国に征服され…という時代の波にユダヤ人は翻弄されて行きます。最終的に紀元前1世紀ごろ、まさにイエス様がお生まれになる少し前にユダヤはローマ帝国の属国となりました。
 
 しかし凄いのは、それでも自分たちの信仰のアイデンティティを失わずに来れたユダヤ人たちが多く残っていたことです。自分たちが神様と契約を交わした、選ばれた民であることの誇りが為政者たちをはじめとするユダヤ人同胞の度重なる失敗や間違いにもかかわらず、彼らを支え続けました。幸いにして、新バビロニア帝国を滅ぼしたペルシア帝国は、ユダヤ人たちが自分たちの信仰を取り戻すために祖国へ戻って礼拝のための神殿を再建することを許してくれました。以降、彼らは常に他国の支配下にありながらも神様への信仰を持ち続け、やがて自分たちを再び自由の身にしてくれる救い主があらわれることを待ち続けることになるのです。かつて先祖がエジプトから救い出してもらえたように。
 
 ユダヤ人の歴史はユダヤ教の歴史そのものです。この後、待ち望んでいた救い主イエス・キリストがいよいよ現れますが、思いもよらない転換がここで起こり、キリスト教の成立へとつながっていくことになります。
 
へ続きます。

(※)富田正樹「キリスト教資料集」日本キリスト教団出版局(2015年)より