エステル

 














エドウィン・ロング「エステル」
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 紀元前6世紀、バビロニア(現在のサウジアラビア北部辺り)の王はユダ王国の首都エルサレムを陥落し、多くのユダヤ人は強制的に首都バビロンに移住させられました。世に言う「バビロン捕囚」です。
 
 バビロニア帝国はその後ペルシャ帝国に滅ぼされ、ユダヤ人たちはそのままペルシャの捕囚となります。エステル記はその頃の話です。(紀元前485465年頃)
 
 当時の王クセルクセス(別名アハシュエロス)は自分の不興を買った王妃を追放し、新しい王妃を捜しておりました。候補者の一人にハダサという美しいユダヤ人女性がおり、彼女はその美貌と慎ましい性格が認められて見事次期王妃となります。この時点では彼女の出自は秘密にするようと育ての父モルデカイ(本当は従兄)に勧告されています。そのためにハダサというユダヤ的な名前からエステルに改名されました。

 モルデカイは王妃となった娘が心配でお城の周りをウロウロする日々。そんな時に、二人の人物が王暗殺を企てていることを耳にし、エステルを通してそのことを伝えます。お手柄です。
 
 一方、ハマンという絵にかいたような「悪大臣」がおりました。権力をかさに威張っているのですが、それにくみしない唯一の人物がモルデカイ。気に入りません。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、でとうとうペルシャ中のユダヤ人をすべて滅ぼしてしまえ、と言い出す始末。それを聞き入れる王も王ですが。
 
 モルデカイはエステルに助力を求めます。王妃から王に寛大な処置をすることを願ってくれと頼んだのです。しかし王妃とは言え、許可なしに王の前に出ることは許されていません。死刑モノです。躊躇するエステルにモルデカイは語ります。
 
「他のユダヤ人はどうであれ、自分は王宮にいて無事だと考えてはいけない。この時にあたってあなたが口を閉ざしているなら、ユダヤ人の解放と救いは他のところから起こり、あなた自身と父の家は滅ぼされるに違いない。この時のためにこそ、あなたは王妃の位にまで達したのではないか。」
(エステル記4章13~14節)
 
 意を決してエステルは引き受けます。そのための準備に、ユダヤ人同胞たちに三日三晩食を断ってお祈りすることを頼み、自分も祈りつつ死の覚悟をもって王のもとに向かいました…が、意外なほどにあっさりと王は謁見を許し、願うなら国の半分でも与えようとエステルには甘々です。ホッ。
 
 ある夜、王は眠れないために過去の記録を読んで夜を過ごそうと家来に命じます。記録の中にかつて自分の暗殺計画を伝えてくれたモルデカイの名前が。彼に何の報酬も与えていなかったことに気付きます。どうしようかとハマンに相談したところ、どういう訳かそれが自分へのご褒美の話と思いこんだ彼はあれこれ贅沢を並べ立てます。何でやねん。

 しかし実際、それらは全部モルデカイへのご褒美。最後には今やユダヤ人であることを明かしたエステル、彼らを滅ぼそうとしたハマンの奸計、すべてが明らかになり、ユダヤ人撲滅計画は取り消されて黒幕ハマンは処刑、モルデカイは出世します。めでたしめでたし。
 
 エステル記は面白い特徴があります。聖書なのに「神」という言葉が一切出てきません。一見偶然の重なり合い(前王妃の失脚、エステルが新王妃になる、モルデカイが王暗殺を知る、王が眠れぬ夜にモルデカイの手柄の記録を読む等)が結局としてユダヤ人を救ったのですが、それが神さまの采配なのだ、と読ませる書です。

「神の名は見えないが、神の手が見える書」と言われています。